アペリティーボとは?イタリア人が大切にする夕暮れの文化
イタリアには「アペリティーボ(Aperitivo)」という美しい習慣があります。これは夕食前の時間帯、だいたい18時から20時頃に、軽いお酒と簡単なおつまみを楽しみながら、一日の疲れをリセットする時間のことを指します。
アペリティーボの語源は「開く」を意味するラテン語の「aperire」から来ており、食欲を開く、心を開く、会話を開くという意味が込められています。イタリアでは単なる飲酒の時間ではなく、大切な人との絆を深める神聖な時間として位置づけられているのです。
特に北イタリアのミラノやトリノでは、この文化が深く根付いており、仕事帰りのビジネスパーソンたちがバールやカフェのテラス席で、オレンジ色のアペロール・スプリッツやカンパリソーダを片手に談笑する姿が日常的に見られます。そして多くのイタリア人夫婦にとって、このアペリティーボは夫婦の会話を自然に生み出す大切な習慣となっているのです。
なぜイタリアの夫婦はアペリティーボを大切にするのか
イタリアの夫婦がアペリティーボを重視する理由には、いくつかの文化的背景があります。
まず、イタリアでは夕食の時間が遅く、20時や21時から始まることが一般的です。そのため、仕事を終えてから夕食までの間に自然と時間の余白が生まれます。この時間を有効活用し、慌ただしい日常から優雅な夕べへの架け橋として、アペリティーボが機能しているのです。
また、イタリア人は「ベッラ・フィギュラ(bella figura)」という、美しく優雅に生きることを大切にする価値観を持っています。これは見た目の美しさだけでなく、生活そのものを芸術作品のように演出するという考え方です。仕事後すぐに家事や育児に追われるのではなく、まず夫婦で一息つき、お互いの存在を確認し合う時間を持つことが、美しい生き方の一部なのです。
さらに、イタリアの家族観も影響しています。イタリアでは家族の絆を何より大切にしますが、それは義務感からではなく、一緒にいることを心から楽しむという自然な感情から生まれています。アペリティーボは、この「一緒にいる喜び」を日常的に実践する場となっているのです。
実際、ローマ在住の日本人女性がイタリア人の夫について語ったエピソードがあります。「夫は毎日18時半になると、必ず『アペリティーボの時間だよ』と声をかけてくれます。最初は毎日お酒を飲むなんてと驚きましたが、実際にはワイン1杯程度。大切なのは飲むことではなく、2人で向き合って座る時間を作ることだと気づきました」
日本の夫婦がアペリティーボを取り入れる方法
イタリアのアペリティーボ文化を、日本の生活スタイルに合わせて取り入れる方法をご紹介します。完璧にイタリア式を真似る必要はありません。大切なのは夫婦で向き合う時間を意識的に作ることです。
時間帯の工夫
日本では残業や通勤時間の関係で、18時からのアペリティーボは現実的ではないかもしれません。そこで、以下のような時間帯での実践を提案します。
平日は「プチ・アペリティーボ」として20分程度に設定し、夕食の準備前や子どもが寝た後など、確保しやすい時間を選びます。週末は少し長めに時間を取り、30分から1時間程度のゆったりとしたアペリティーボタイムを楽しむのがおすすめです。
また、毎日が難しければ、週に2〜3回から始めるのも良いでしょう。「水曜日と金曜日はアペリティーボの日」など、曜日を決めておくと習慣化しやすくなります。
飲み物の選び方
アルコールにこだわる必要はありません。イタリアでも、最近はノンアルコールのアペリティーボを楽しむ人が増えています。
お酒を飲む場合は、アルコール度数の低いものを少量楽しむのがポイントです。ビールなら小さめのグラス1杯、ワインなら100ml程度、カクテルなら炭酸で割った軽いものがおすすめです。イタリアで人気のアペロール・スプリッツ(アペロール、プロセッコ、ソーダ水)は、見た目も美しく気分も上がります。
ノンアルコールの場合は、少し特別感のある飲み物を用意すると良いでしょう。炭酸水にレモンやオレンジを浮かべたもの、ハーブティー、フルーツジュースを炭酸で割ったものなど、普段とは違う飲み物を選ぶことで、特別な時間であることを演出できます。
おつまみの準備
イタリアのアペリティーボでは、オリーブ、チーズ、生ハム、ナッツ類などの簡単なおつまみが定番です。日本では以下のようなものがおすすめです。
事前に準備できるものとして、ミックスナッツ、チーズ、クラッカー、ドライフルーツなどを常備しておくと便利です。また、枝豆、冷奴、きゅうりの浅漬けなど、和風のさっぱりしたおつまみも良く合います。
重要なのは、準備に時間をかけすぎないことです。アペリティーボの目的は豪華な食事ではなく、リラックスした会話の時間を作ることにあります。コンビニで買ってきたものでも構いません。むしろ、準備の負担を減らすことで、継続しやすくなります。
アペリティーボがもたらす夫婦関係への効果
アペリティーボを習慣化することで、夫婦関係にさまざまな良い変化が生まれます。
コミュニケーションの質が向上する
仕事から帰宅後、すぐに家事や育児に取りかかると、夫婦の会話は「今日の夕飯何?」「お風呂沸いた?」といった事務連絡のようなやり取りになりがちです。しかし、アペリティーボの時間を設けることで、仕事であった出来事、感じたこと、考えていることなど、より深い内容の会話が自然に生まれます。
実際にアペリティーボを実践している東京在住の30代夫婦は、「以前は週末にまとめて話そうとしても、何を話していいか分からなくなることがありました。でも毎日少しずつ話す習慣ができてからは、お互いの日常が手に取るように分かるようになりました」と話しています。
ストレス解消効果
アペリティーボは、仕事モードから家庭モードへの切り替えスイッチとして機能します。グラスを手に取り、パートナーと向き合って座るという行為自体が、心理的な区切りとなるのです。
イタリアの心理学者マルコ・ロッシ氏の研究によると、夕方にパートナーと15分以上の会話時間を持つカップルは、そうでないカップルに比べてストレスホルモンであるコルチゾールのレベルが20%低いことが分かっています。これは、信頼できる相手との会話が、自然なストレス解消法として機能していることを示しています。
夫婦の特別感を演出
毎日の生活の中に、ちょっとした非日常を作ることは、夫婦関係を新鮮に保つ秘訣です。アペリティーボは、高級レストランに行くような大げさなものではありませんが、普段の食事とは違う特別な時間として機能します。
お気に入りのグラスを使う、キャンドルを灯す、BGMを流すなど、小さな演出を加えることで、さらに特別感が増します。「今日はアペリティーボ何にする?」という会話自体が、夫婦の楽しみの一つになるでしょう。
アペリティーボを続けるためのコツ
完璧を求めない
最も大切なのは、完璧を求めすぎないことです。イタリア人のように優雅にテラスでスプリッツを楽しむ必要はありません。リビングのソファでも、ダイニングテーブルでも、ベランダでも構いません。缶ビールとポテトチップスでも、立派なアペリティーボです。
子どもがいる家庭での工夫
小さな子どもがいる家庭では、子どもも一緒に参加できるファミリー・アペリティーボにアレンジできます。子どもにはジュースやお茶を用意し、一緒におやつタイムとして楽しむのです。イタリアでも、子連れでバールに行き、子どもはジェラートやジュースを楽しむ姿がよく見られます。
子どもが寝た後の時間を利用する場合は、時間を短くして継続性を重視します。15分でも10分でも、2人だけの時間を作ることに意味があります。
季節感を取り入れる
日本の四季を活かしたアペリティーボも素敵です。春は桜を見ながら、夏は風鈴の音を聞きながら、秋は月を眺めながら、冬はこたつで温まりながら。季節の移ろいを夫婦で感じる時間にすることで、より豊かな体験になります。
まとめ:小さな習慣が生む大きな幸せ
イタリアのアペリティーボは、決して贅沢な習慣ではありません。むしろ、日常の中に小さな幸せを見つける知恵です。仕事と家庭の間に、ほんの少しの余白を作り、その時間を夫婦で共有する。それだけで、夫婦の会話が増え、お互いへの理解が深まり、日々のストレスが和らぎます。
「乾杯」という行為には、お互いの健康と幸せを願う気持ちが込められています。毎日のアペリティーボで交わす乾杯は、「今日もお疲れさま」「明日も一緒にがんばろう」という無言のメッセージとなって、夫婦の絆を静かに、でも確実に強めていくのです。
今夜から、あなたも大切な人と小さな乾杯を始めてみませんか。それは、イタリア人が何世代にもわたって大切にしてきた、シンプルだけど豊かな夫婦の時間の始まりかもしれません。
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