きっかけは、いつもの金曜日の夜だった
35歳、メーカー勤務の私には、毎週金曜日の楽しみがある。それは、妻と一緒に晩酌をしながら一週間の出来事を話すことだ。
その日も、いつものように19時過ぎに帰宅した。玄関のドアを開けると、リビングから料理の良い香りが漂ってくる。「おかえり」という妻の声が聞こえた後、少し間を置いて「今日、疲れた?」と聞かれた。
実は、その日は朝から大きなプレゼンがあり、準備で前日はほとんど眠れていなかった。でも、そんなことは一言も言っていないのに。
「なんでわかったの?」と聞くと、妻は笑いながら「玄関開ける音でわかるよ。疲れてる時は、ドアの閉め方がいつもより静かだから」と答えた。
結婚して8年。そんなことまで気づいてくれていたのかと、胸が熱くなった。
改めて気づいた、妻の小さな気遣いの数々
その日から、妻の行動を意識して見るようになった。すると、今まで当たり前だと思っていたことが、実は全て妻の気遣いだったことに気づいた。
月曜日の朝、なぜかいつもコーヒーが少し濃いめ。それは「週の始まりは気合いを入れて頑張って」という無言のエールだった。
水曜日の弁当には、必ず好物のから揚げが入っている。「週の真ん中、もうひと踏ん張り」というメッセージ。
木曜日の夜は、なぜか夕食が少し軽め。それは「明日もあるから、胃を休めて」という配慮。
そして金曜日。この日の夕食は、必ず私の好きなものが並ぶ。「一週間お疲れさま」の気持ちを込めて。
妻に聞いてみると、「別に意識してないよ」と言うけれど、8年間、ほぼ同じパターンが続いている。これが無意識なら、なおさらすごい。私のことを、それだけ自然に考えてくれているということだから。
実は自分も、妻を見守っていたことに気づく
ある日、妻が友人との電話で話しているのを聞いてしまった。
「うちの旦那さんね、私が生理の時期になると、なぜか重い荷物を持ってくれるの。カレンダーに印でもつけてるのかな?って思うくらい正確なの」
驚いた。確かに無意識にそうしていた。でも、カレンダーなんてつけていない。ただ、妻の表情や仕草で、なんとなくわかるようになっていた。朝の顔色、歩き方、声のトーン。8年一緒にいれば、言葉にしなくてもわかることがある。
他にも、妻が仕事で嫌なことがあった日は、先に風呂に入るのを譲る。好きなドラマがある日は、リモコンを渡す。金曜日の夜は、妻の好きなワインを買って帰る。
全部、意識してやっていたわけじゃない。でも、自然とそうなっていた。
お互いが無意識に支え合っていた日常
その後、二人で話をした。お互いがお互いを、どれだけ見ていたか、気にかけていたか。
妻は言った。「あなたが靴紐を結び直す回数が多い日は、疲れてる証拠。そういう日は、早めに寝かせるようにしてる」
私も言った。「君が髪を耳にかける回数が多い日は、ストレスが溜まってる証拠。そういう日は、好きなアイスを買って帰る」
お互い、相手のことをそんなに観察していたなんて、気持ち悪いかもしれない。でも、私たちにとっては、それが愛情表現だった。
派手なサプライズも、高価なプレゼントも、ロマンチックな言葉もない。でも、毎日の小さな気遣いの積み重ねが、私たちの関係を支えていた。
仕事仲間に話すと「それって、ただの慣れでしょ」と言われた。確かに慣れかもしれない。でも、8年間毎日続けることの大変さを、その人は知らない。慣れるまで続けられたことが、すでに愛情の証だと私は思う。
特別じゃない毎日こそが特別だと気づいた瞬間
先月、妻が1週間の出張に行った。結婚してから、これほど長く離れたことはなかった。
最初は「たまには一人でのんびりできる」なんて思っていた。でも、2日目には早くも異変を感じた。
- 朝のコーヒーの濃さがわからない
- 弁当を作ろうとしたけど、何を入れればいいか迷う
- 帰宅しても「おかえり」の声がない
- 夕食を一人で食べる味気なさ
何より辛かったのは、誰も私の疲れに気づいてくれないこと。ドアの開け方を聞いている人がいない。靴紐を結び直す回数を数えている人がいない。
妻が帰ってきた日、空港まで迎えに行った。「ただいま」と言う妻に、思わず強く抱きしめた。照れくさくて言えなかったけど、心の中で「おかえり。君がいない一週間で、どれだけ君に支えられていたかよくわかったよ」と呟いた。
あなたの隣にも、きっと小さな愛情が溢れている
この話を読んでいるあなたも、一度立ち止まって考えてみてほしい。
パートナーが、あなたのために自然にしてくれていることはないだろうか。あなたが当たり前だと思っていることの中に、実は相手の愛情が隠れていないだろうか。
朝起きた時、すでにカーテンが開いていること。
帰宅した時、部屋が適温になっていること。
冷蔵庫に、好きな飲み物が常に入っていること。
洗濯物が、いつもきれいに畳まれていること。
これらは全て、誰かがあなたのことを思ってしてくれている行動だ。
私たち夫婦のように、特別なことは何もない。記念日にレストランを予約することも、サプライズでプレゼントを渡すこともほとんどない。
でも、毎朝「行ってらっしゃい」と言い、毎晩「おかえり」と迎える。疲れている時は気づき、嬉しい時は一緒に喜ぶ。それだけで十分幸せだ。
ドアの開け方一つで疲れに気づいてくれる人がいる。それだけで、明日も頑張れる気がする。
特別じゃない毎日の中にこそ、特別な愛情が詰まっている。そう気づけた時、きっとあなたの日常も、少し輝いて見えるはずだ。
今日帰宅したら、パートナーの顔をよく見てみよう。あなたのことを気にかけてくれている、その優しい眼差しに気づけるかもしれない。
そして、できれば「いつもありがとう」と伝えてみてほしい。照れくさいかもしれないけど、その一言が、また新しい幸せの始まりになるかもしれないから。
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